2026/08/13 21:00

かつて日本では、「一億総中流」という言葉がよく使われました。もちろん、国民全員の収入や暮らしが同じだったわけではありません。それでも、多くの人が「自分は社会の真ん中にいる」と感じていた時代です。
では、賃金の伸びが物価上昇に追いつかない中、日本は「一億総下流」になったのでしょうか。数字を追ってみると、単純な貧困化だけでは説明できない、少し複雑な姿が見えてきました。
「一億総中流」は、所得ではなく意識のこと
「一億総中流」が広まった背景の1つには、内閣府の「国民生活に関する世論調査」があります。自分の生活程度を「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」から選ぶ質問で、1973年調査では三つの「中」の合計が90%を超え、「一億総中流」意識の根拠の一つになりました。
ここで測っていたのは、年収や資産ではありません。世間と比べて、自分をどこに置くかという感覚です。「一億総中流」は、所得が平等だったことを示す統計というより、広く共有された自己認識だったと言えます。
現在も9割近くが「中」にいる
内閣府の2025年調査でも、「中の上」は15.4%、「中の中」は46.8%、「中の下」は27.3%でした。三つの「中」を中流とみなす従来の数え方なら、合計は89.5%。意識の上では、現在も「一億総中流」に近い状態です。ただし、「中の下」は「中の上」よりかなり多くなっています。「下」とまでは言わない。でも、真ん中より少し下だと感じる。現在の空気は、この回答にもにじみます。
所得で区切ると、中間層は6割弱
労働政策研究・研修機構の報告では、世帯人数を調整した可処分所得が、その年の中央値の75~200%に入る人を「中間層」としています。可処分所得とは、税金や社会保険料を差し引いた、手取りに近い所得です。この基準による中間層は、1985年の63.9%から2021年には57.6%へ減少しました。
一方で、相対的貧困率は、世帯人数を調整した可処分所得が中央値の半分に満たない人の割合です。厚生労働省の調査では、2021年の15.4%から2024年には15.0%へ、わずかながら低下しました。日本全体が一方向に貧しくなり続けている、と言い切れるわけではないようです。
半数以上が「生活は苦しい」
同じ厚生労働省の2025年調査では、暮らしが「大変苦しい」または「やや苦しい」と答えた世帯は55.4%でした。2022年調査の51.3%から上昇しています。その理由を1つの数字だけで説明することはできませんが、手がかりになるのが、物価を考慮した実質賃金です。
厚生労働省の主要系列では、2025年の実質賃金は前年比1.3%減でした。給料の額面が増えても、物価がそれ以上に上がれば、買えるものは減ります。数字の上では収入が増えているのに、暮らしは楽にならない。そんなことが実際に起きています。
下がったのは、安心?
日本人全員が低所得になったわけではありません。「一億総下流」は、統計上の事実としては言いすぎです。
それでも、生活を「苦しい」と答える世帯が半数を超える現状を見ると、中流という言葉から、余裕や安心が薄れているように見えます。自分は下流ではない。けれど、豊かとも言い切れない。多くの人が立っているのは、どうやらその間です。「普通に暮らしていても、なかなか余裕が増えない」という実感なのでしょうか。

